昼食時に食堂で

同僚と話をしたのだが、内容というのではなく、なんだか気分が噛み合わず、少し蟠りが残った。


外向的で有能な二人(と退職後に短時間雇用されている一人)。「社長」は外、すなわち「お上」のほうを向かざるをえない。彼らは積極的に外に出て「お上」から金を取ってくる。その尻始末に追われて教育という肝心の内仕事がお座なりになるのはおかしいと考える消極的な私は内向的ということになるだろうか。


彼らにしてみれば、適当なことを言って「会社」の方針にあれこれ口出ししながら、自分に回ってくる仕事は出来るだけ避けようとしている私などは「口先男」に違いない。運営の中でも「お上」とお金に関わる仕事はしたくないので、なるべくなら、口出しなどしたくないのだが、補佐のような役回りにさせられるのだから、それなりのことは言わなければならず、言ってしまうが、それは仕方なしに言っているのである。


「お上」の顔色を窺うような、あるいはお金を無理にも使わねばならないような仕事に、自分から率先してやりたい仕事などない。なるべくそういうことに関わる役にはつかずに、お偉方の方針には逆らわず黙って、楽に(責任とは関係なく)仕事をしていたいのだ。もちろん、どうしても従わなければならないことだけ、従うのである。


しかし年齢、役職、給料などを考えると、そうもいかないのだろうか、と自分でも弱気になる。いや、どうしても自分には無理な仕事が、それでも押しつけられるようなら、やめるしかない。私は管理職には向かない。つきたくない。先輩たちの何人かは、明らかに誤解をしている。私を買い被っている。もしくは、たんにもっと働かせたいのだ。


来年は派遣である。望んだ派遣である。学んでくると言い訳をして許してもらったが、私はひとつには逃げるのである。離れたいのである。ここを、とりあえず。職場放棄である。時間稼ぎである。一年でも長く務めていられるように、気力・体力の温存のために、ひとまず逃げるのである。


リフレッシュ、それができるようなら、望外の幸せである。今は、残るは地獄。行っても地獄かも知れないが、それでも行くしかない、という気持ち。そして帰ってきたときのことは、その時に考えればよい。それくらいのつもりである。


今後は、私より少し若い人たちが、勘違いしなくなってくると思うので、管理職に就くことを求められることはまずないと思うが、上手に(あるいは下手に)立ち回って、どうしても避けたいものである。