オリンピックは

そろそろ中盤だろうか。いまはもう昔の話だが、上村愛子モーグルでメダルを取れなかった。民放局が予選や決勝の中継の合間の時間に延々とドラマ仕立てのドキュメンタリーをやっていた。彼女がもう競技をやめるだろうことや負けることさえも前提にしているように思えてきて、あまり好かなかった。結果が出た後、悔やむ彼女にメダルの取り方(心得)を教え諭すようなブログの記事も目に入った。疑問に思った。自分に勝っても他人に勝てなければメダルは取れない。それはそうだろう。自分に打ち克った人なら他人に勝つこともできる。そうだろうか。滑りを映像で見るかぎり、彼女は2007-8年シーズンW杯総合優勝のあと、2009年世界選手権で女王になった時くらいまでが運的にも実力的にもピークだったように思う。この競技はルールの変更もいろいろあって、上村はオリンピック毎に毎回異なる課題にチャレンジすることを強いられてきたといってよい。そしてその彼女のパイオニア的な位置取りが五輪で活かされ評価される機会はなかった。今回でいえば、1・2位に入ったハナ・カーニーやジェニファー・ハイルといった選手たちは、上村の師匠(ヤンネ・ラハテラ)ばりの直降高速カービングターンをそれぞれにマスターしてきていて、上村以上に速く力強い滑りを見せたのだから、仕方がない。上村はたしかに現時点で自身が望みうる精一杯の滑りをして見せたのだろうが、彼女より若いアメリカやカナダの有力選手たちの滑りが、回を重ねる毎に一段ずつメダルに近づいてきた上村にとってこの先(の一段=メダル獲得)がこれまでにないくらい困難であることを、何度も念押しするかのような滑りに思えたのは、私だけだろうか。上村がメダルを取るためには、少なくとも太ももをいまの二倍くらいに太くしなければならないのでは? そう思わせるような滑りだったのだ。やっと今季での引退を決めたらしいスピードスケートの清水宏保が、二回目のオリンピックが一番メダルが取りやすいと、どこかに書いていたのが印象に残る。そのとおりなら、浅田真央よりも安藤美姫のほうにメダルのチャンスがあるということになる。
もちろん、メダル争いもオリンピック自体も、たいがいにせえよ、という視点は大事である。