成島出監督『聯合艦隊司令長官 山本五十六』

山本五十六の人物を中心に描いていて、食べ物、将棋、インタヴューを介した場面で、他の人物たちとのやり取りの中での微妙な表情(演技)が効いている、と思った。世相や民衆の生活の実態は、エピソード的に挟まるだけ。新聞記者についての描写も乏しく、内面(葛藤)などは掘り下げられていない。それがあると主役が変わってしまうからなのかも知れないが、もう少しほしかった気もする。うまくやればバランスはとれただろうから。戦争映画だから仕方がない面もあるが、やたらに泣かせる映画で、冷静に画面を見たという気がしなかった。山本五十六は、よい人物に描かれすぎとも思うが*1、彼の人間の厚みや深み*2については、映画全体に鏤められた(他の人物のものも含む)様々なエピソード画面の総体として、出ていたと思う。

*1:たとえば最後の出撃の前に妻に恩賜の銀時計を与える場面があるが、わざわざ妻に?と変に思って調べてみると、あの時計は、じつは愛人に与えたもので、それならありうると納得がいった。映画で当時はあたりまえだった妾の存在を描かなかったのは、いまの時代の観客を意識してのことかも知れないが、あってもよかったのではないか。おそらく山本はそれでも「家」をうまく運営していたはずで、そういう側面も含めた軍人であり、全体的人間だったはずだから。山本五十六という人間の幅をもった軽みの部分についても、もっと盛り込んでほしかった気もするのだ。しかし驚いたのは、海軍省は山本戦死後、その愛人河合千代子に自決を迫り(彼女は拒否したようだが)、山本が彼女に与えたその時計を没収していたことである。

*2:山本五十六の人生(1884-1943)は、近代日本の戦争史とほぼ重なっている。旧越後長岡藩は「常在戦場」を藩是としたらしく山本もよく揮毫したらしい。あの時代に軍人であったということもあるが、実際に彼はその人生のほとんどを戦争と向き合って生き抜いたのである。