学生に薦める本

阿部謹也『自分のなかに歴史をよむ』(ちくま文庫
自分のなかに歴史をよむ (ちくま文庫)
「私の歴史研究は、自分の周囲との関係をどう理解し、どう行動するか、そこから始まったのです」。ドイツ中世史を専門とする歴史学者である著者が、出会った人々、育った町や土地、じっさいに目にした身近な風景や動植物などを通じて、遠く古いヨーロッパを知ろうとした自分のこれまでの研究を振り返ります。やりたいことが見つからない人、ヒントは意外に身近なモノやコトにあるかも知れません。


ギュスターヴ・フローベールボヴァリー夫人』(新潮文庫ほか)
ボヴァリー夫人 (新潮文庫)
恋愛小説をやたら読みまくった挙げ句に恋愛に失敗する女性を描いた小説。つまりこれはメタ小説ということになります。なので、この小説以後は、小説とはどういうものであるかという問題をもう一度きちんと捉え返さないと、作家は恋愛小説を書くことができなくなってしまったんです。知らん顔してる作家もいますけどね。発表当時は公衆道徳に反する罪が問われて裁判になり、そこで著者が「ボヴァリー夫人は私だ」と言ったことは有名。


有島武郎或る女』(新潮文庫ほか)
或る女 (新潮文庫)
では日本版の『ボヴァリー夫人』にあたる小説はなんだろう、と考えて最初に浮かんだのがこれです。女性の主人公を、一個の人間として、これほどまでに精緻で生々しく描いた男性作家は稀有ではないでしょうか。美貌と知性に加えて経済的にも恵まれた女性が、自らの欲望に忠実に生きようとして破滅へと突き進んでいきます。主人公の葉子は国木田独歩の最初の妻だった佐々城信子がモデルと言われています。


カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』(ハヤカワepi文庫)
わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)
よい小説はいつでも、答えではなく、問いかけを与えてくれます。そこから答えを見出すのは作者と読者との共同作業です。人生は私たちが思っているよりもずっと短いかもしれない。そして、いつ終わるかも知れない時間の中で、ひとはいかに経験すべきか。ほんとうは自分もだれかに何かを与えることができている。しかしそのことは、本人がいちばん気づきにくいことなのかもしれません。静かな、心にしみじみと効いてくる小説です。


寺田寅彦寺田寅彦随筆集 第一〜五巻』(岩波文庫
寺田寅彦随筆集 セット (岩波文庫)
著者は物理学者で、夏目漱石の門下生。相対性理論漱石に解説したとされる。文理をまたぐ視点のユニークさ、分析の鋭さは一品です。たとえば、第五巻に収められている1934(昭和9)年執筆の「天災と国防」の結びにはこうあります。「天災の起こった時に始めて大急ぎでそうした愛国心を発揮するのも結構であるが……二十世紀の科学的文明国民の愛国心の発露にはもう少し違った、もう少し合理的な様式があってしかるべきではないか。」
寺田寅彦の文章は「青空文庫」でも沢山読めます。)