『東ベルリンから来た女』

試験問題に目処がついたので、観てきました。@テアトル梅田。


この映画、なんといってもニーナ・ホス演ずる女主人公バルバラがかっこいいです。ハードボイルドっていうか、なぜだか石井隆の漫画を思い出してしまいました。もちろん、そのかっこよさを支えているのはロナルト・ツェアフェルト演ずるアンドレですね。人間が温かくて厚みがあります。


音楽もキューバのブルーズからショパンまで、組み合わせも絶妙だし、レンブラントの絵やトム・ソーヤの作品も、小道具ではなくて、単なるエピソードを超えた形で使われていたり。心憎いですね。


アンドレが「テュルプ博士の解剖学講義」について解釈を披露する場面では、バルバラという名前から、バーバラ・スタフォードを連想して、彼女がヴィジュアル・アナロジーを展開してみせるシーンを夢想してみたり。


バーバラが一度だけ屈託なく笑うシーンが印象的だ。料理は好き?とアンドレに聞かれて、初めて彼女は歯を見せて笑うのだ。細やかな感情の揺れを丁寧に描いて、個人の尊厳や自由というものについて改めて考えさせられる映画でした。


映画の設定は1980年。実は東ベルリンには一度だけだが行ったことがあります。僕は25歳で、大学院の学生だった頃。1984年の秋のことです。(追記)この件については、2月27日のツイートにも繰り返して書きました。


当時は、まだ鉄のカーテンと呼ばれていた「壁」が崩れるような気配も一切なくて、東西冷戦は全く衰えを見せていませんでした。まず、西ドイツから東ドイツの中の浮島のような西ベルリンに行くのが、大変で、緊張の連続でした。


真夜中です。乗り込んだ国際列車のコンパートメントに、黒光りのする長い銃身の狙撃銃を肩に担いだごつい体のお兄さんたちがパスポートチェックと称してドヤドヤと入り込んできました。東ドイツの兵士たちです。


こちらの黄色い顔を胡散臭そうに眺め、疑いの目を緩めずアゴで指図をしてきます。促されておずおずとパスポートを見せると、向こうに着くまで預かるようなことを言うのです。ほんとに返してくれるのか、イチャモンつけて何処かの駅で降ろされるのでは、と心配になりましたが、なされるがまま、どうしようもありません。


それでも朝になって何とか西ベルリンに着くとパスポートも返却されて、海底近く潜っていた潜水艦がやっと海上に浮上できたような開放感がやってきました。そこは「私たち」と同じ自由主義圏なのです。ここで1日だけのヴィザを取り、隣国の共産圏東ベルリンに入ります。


するとどうでしょう。そんなに距離が離れているわけでもないのに、何なんでしょうか、このあからさまな違いというのは。暗いのです。人々が街が世界そのものが。


たとえば、広場には自動販売機がありました。しかし、瓶も缶も出てきはしません。コーラと称する黒い色をした炭酸飲料水が直接液体のまま出てくるのです。そして、それを備え付けに置いてある二つ三つの分厚いガラスのコップの一つで受けて飲むのです。すぐ近くに水道があって、それでセルフでグラスを洗って元に戻すのがエチケットのようでした。


一口飲んでみると、その味にまたびっくりです。それはどうハンディを見積もってもコーラと呼べるような代物ではありませんでした。もちろん、僕は全部は飲み切れずに水道に流してしまいました。


そして市場や裏通りでは、若者たちが僕の着ているTシャツやジーンズを自分のものと交換して欲しがっては、寄ってきて話しかけてきました。それがBVDやLee、Levi'sなら高い値段がつきました。闇市でもアメリカのロックやポップスのレコードが珍重されていました。当時はそんな街だったのです。


が、それでもペルガモンだけは見ておきたいと、大きな博物館の隅々まで、すっかり草臥れるまで歩き回りました。こんなふうに、僕には懐かしい思い出なのですが、その頃に東ドイツの地方では、こんな物語があり得たのだとは。

http://www.imdb.com/rg/s/3/title/tt2178941